卒業前の焦眉の問題、卒業論文ですが、
「○○理論に対する一考察」の様な学術の香りがする論文を想像し、
私には最大の難関だと思っていたが…
私が選んだ研究室は少し違い、論文ではなく、
なんと、ある都市の下水道施設実施設計作成がテーマでした。

私達が作成した設計図書が研究論文として認められ、
しかも設計料金まで貰いました。
卒業論文を書いて報酬まで貰う。
あまり人には話せませんが、いい研究室を選んだものだと思いました。

そしてその成果が思わぬ形で、私の人生岐路の選択に大きく係る事となりました。

大学卒業後就職する仕事としては、二通りの選択肢が有りました。
当然ながら、

          1・建設施工会社
          2・建設コンサルタント
でした。

私が卒業した年は、学園闘争の真っ只中でした。
校舎内は張り紙、ビラ等散乱し就職活動するどころではなく、
「学生証を自主返納し期末試験をボイコットしよう」 
そんな張り紙がそこかしこに見られ、
リクルートスーツ姿で歩くのも気が引けました。
そんな中、就職試験を受けました。

スーパーゼネコンの入社試験を受験しましたがすべて不合格でした。
今思うと、若さ故、身の程知らずも良いとこでしたね。
他社の入社試験をと考えていた時に、父、旧制中学の同級生の方が
「話をしたいから一度会社に来ないか」とおっしゃってくださいました。
その方は当時、三菱商事建設部部長でした。
恐らく父が私の無能さを心配し、私の就職について、
その方に相談したのだと思います。

「修君、昨年三菱5社が出資して設立したセントラルコンサルタントという、
設計を主たる業務とする会社が有るのだけど、その会社に就職したらどうかね?」
「有難うございます。その会社はどこに有るのですか?」
人に物事を頼んでいながら、真に横柄な質問をしました。
その方は気に解さず
「赤坂見附駅の道路を渡った赤坂東急ホテルの横、赤坂山王グランドビルに本社が有る。
多分君は本社勤務だと思うけど」
「えっ、赤坂ですか!
凄いなぁ、毎日背広着てYシャツにネクタイ、ビジネスマンだー」

何も解らず無邪気で生意気な23歳の青年の旅立ちでした。