六本木6丁目、汐留再開発


六本木ヒルズ、汐留シオサイトにかかわりました。
(支障あると思われる部分が多く詳細に経緯を書けません。残念です…)
このプロジェクトの完成まで、
縁あって計画立案作成からかかわる事となりました。
このようなビックプロジェクトにかかわる事は、
その後の他の地区再開発設計への足がかりともなりましたし、
設計者として得られた経験は、間違いなく他では得られないものでした。
積極的に参加しました。
行政への交渉、補償額査定、権利変換等…
まるでパンドラの箱を開けたみたいに、
次から次へと変化する様を興味深く観察しました。

森ビル関係者と地元方々の交渉の場に同行し、説明を続けましたが、
なかなか理解してもらえませんでした。
この頃の東京都窓口では一切のかかわりを否定し、
地元住民の質問に対して
「今は都市計画法に基づいて回答するしかない」との態度で、
より一層住民の不信を煽るばかりでした。
まだ再開発誘導地区に指定される前ですので
当然そのように答えるしか無かった訳です。

昭和60年代初め、東京都が都市計画を見直し、
これらの地区を再開発誘導地区に指定しました。
それを期に勉強会の参加者も増え、都の後押しもあり、
再開発組合が設立認可されました。
計画発案から実に約25年後の事です。
着工後3年で完工、グランドオープンしました。

振り返って見ると、住民説明会に
スーパーゼネコンの方が同席される様になりました。
工事受注の営業の一環だなと思いましたが、それだけに留まらず、
実はもっともっと奥深い意味合いが有ったようです。
これらのゼネコンの協力がなければ、組合設立はもとより、
事業そのものが成立しなかったと言っても過言ではないと思います。
権利変換には、さまざまな思惑が交差します。
組合員になるまでに、いわゆる「ゴネ得」を狙った
法人や個人が多々ありました。
ゼネコンの参加により同意取り付けが容易になったような気がします。

事業者とゼネコンと住民の相互信頼が
このような開発事業に欠かせない、と思いました。

さて、続いては汐留シオサイトの概略経過説明です。
汐留シオサイト再開発は
複合都市の創造をめざした
旧汐留貨物駅跡地を中心とする、周辺地区再開発プロジェクトでした。
当時六本木開発の真っ只中。

早期に再開発組合設立を目指し、権利変換を容易にしようと試みました。
住民の方々は、この地区の交通アクセスが非常に悪い事を認識していました。
念願であった交通インフラ整備計画を作成し、
地下鉄大江戸線汐留駅の開設、
新交通ゆりかもめの汐留駅も新設案が作成され、実施されました。
乗車された方はお分かりでしょうが、
この地区は11街区にも分かれています。
線路がまるでビルの周辺を縫う様に軌道設定され、
従来建設された交通機関には見られないカーブが多いですね。
(この新交通の特徴として、
右側に見た建物が、しばらくすると左側に見えたりします)
六・六開発と大きく異なる点は
それぞれの街区にキーテナント名が付き、
それらを事業基盤として安定化を図り
事業化した事が一番の特徴ではないかと思います。
国内最大のテナントビル群となりました。

余談ですが、
旧国鉄が、跡地を精算事業団に売却しました。
私の友達のF氏が
「この再開発が完成するまでの間、土地を有効利用できないか」と
事業団幹部に相談されて空き地に大きなテントを張りました。
「中に入ればバーチャルな宇宙遊泳が出来ます」をうたい文句に、
会社を設立しました。
新聞、テレビで宣伝し事業を試みましたが頓挫、
〇〇億円の負債を負い
債権者の人達から毎日詰め寄られていました。
「マイッタマイッタ」を連発していたのを思い出します。

この11街区にも及ぶ広大な土地には、
当然様々な権利が存在しました。
関係者との権利交換交渉は困難を余儀なくされ、
いかに再開発組合施行と言え、補償評価に納得されない方々が多くおられました。
六・六開発同様に、
いや、それよりも多くのスーパーゼネコンの人達が同席し、
権利変換評価に不満を持つ人達を街区ごと一手に引き受け、見事に解決しました。
縁がありこのプロジェクト施行時、
ゼネコン下請けコード所有の
スーパーゼネコン一次下請業者の会社代表を一時期務めました。
お陰さまで
現場にも立ち会い、実施工事にも関わる事が出来ました。

ここでも、
事業者とゼネコン、住民の相互信頼が
開発事業には欠かせないと痛感しました。
私は、これらの事業に関わる事で
住民交渉、官公庁との交渉、街づくりの進め方をつぶさに体験しました。
当然設計に関する諸問題の解決が主な仕事でしたが…。
街づくりの周辺知識をよく知る事や、権利補償の価格査定への取り組み等、
より実践的な計画立案をするための体験が出来たと思います。
従来の慣例にこだわらず、事前に予期問題を整理した上で事業化を計る等、

新たな視点でプラニング出来る自信を、少し持てた様な気がします。